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Dr.TAKAのこぼれ話

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健康診断の落とし穴

  • 健康診断は、何も症状がない健康な方が受診することを前提としています。したがって、今ある病気を詳しく検査するわけではありません。
  • 検診病院では、検診を持ち回りでやっていることがほとんどです。場合によってアルバイトで他の病院から来た医師がやっていることもあります。そのため、前に行った検診との連続性もありませんし、その時その時の医師の能力で診断も変わってきます。
  • 検診病院の結果は、実に大雑把な結果で返ってきます。したがって、医療的にどのような状態だったのかを把握することはできません。そのため、病気があるということだけの情報で、病気がどのような状態で、どのような治療が必要なのかは全く把握できません。
  • 検診病院で勧められても腫瘍マーカー検査は受けないでください。腫瘍マーカーは画像診断などで明らかに腫瘤がある場合に、その腫瘤がなんであるかを鑑別するための検査です。むやみにマーカーを調べて特定の癌の死亡率が減ったという報告はありません。腫瘍マーカーを勧めるのは、それらしいことを簡単にできて、その結果に責任をおわない検診病院だからできる金儲けの手段です。万が一、検診で受けた腫瘍マーカーの異常が出れば、たとえ健康体であっても、一生、そのことに付きまとわれることは覚悟してください。
  • 特に、異常を指摘されたことがある方は、検診で経過観察はしないでください。検診では、前回の結果などと比較することが難しいうえ、異常が起こった際の精査ができません。異常があると言われた場合には、きちんと、専門の医師にかかって相談するべきですし、その後も同じ医師のもとで経過観察をする必要あります。せっかく検診を受けても、検診ではその場限りの結果になってしまうので、今までの経過や所見がわからなくなり、治療の継続が難しくなることがあります。かかりつけがあるのなら、そのかかりつけで癌検診も含めた病気の検査をするべきです。
  • 検診はきちんと使い分けましょう。何も症状がない方は、検診で異常があるかどうかを見つけるという事です。症状や異常を指摘された方はその問題についての詳しい検査が必要ですから、検診では不十分です。自ら治療の意志をもって専門科にかかる必要があります。何でもかんでも検診などで経過を見ていると、ある時突然ひどい異常を指摘されて、大変な事になってしまうかしれません。
  • 検診は検査ではありません。症状がある方は、検診ではなくて検査を婦人科で受けてください。

健康診断だけでは貴女の健康は守れません!

近年は人生百年時代といわれ、健康寿命に人々が関心を持ち、空前の健康ブームとなっています。マスコミもそれを受けて健康番組を次から次へと放送しています。また厚労省の指導によりメタボリックシンドロームに対する特定健康診査や特定健康指導なども取り入れられ、健康診断を受けている方が非常に多くなりました。

健康診断は健康な人生を送るために、とても有意義なことだと思われていますが、そこには隠れた問題があるという事を忘れてはいけません。毎年きちんと健康診断を受けることが、どうして問題なのでしょうか?

最近になって当院を受診される方で「健康診断で病院にかかるように言われたけれど、毎年検診を受けているので、大丈夫だと思った。」と言って、子宮筋腫によるひどい貧血や、子宮内膜症によるひどい卵巣嚢腫などを抱えて来院する患者さんが増えてきました。

何が問題なのでしょうか?健康診断というのは、もともと疾患のない人を対象にした検査であり、異常があれば、きちんと専門科にかかるというのが前提になっています。そのため、検診で異常があっても、それ以上の詳しい検査は専門科にかかって行わなくてはいけないのです。しかし、異常があるとわかっているのに、専門家にかからず検診だけで経過を見ていれば、その異常の詳細はわかりません。もし、その異常が癌だとしたら大変なことになります。癌ではないとしても、例えば、子宮筋腫であれば過多月経がどんどんひどくなり簡単な貧血の治療では追い付かなくなって、手術が必要になるかもしれません。また、卵巣嚢腫などでは、これから癌になるかもしれない細胞が潜んでいたり、どんどん大きくなって捻じれたり破裂したりして腹部激痛で救急病院にかかる事になるかもしれないのです。

しかも、健康診断では結果を詳しく医師から説明してもらうことはまれです。簡単な検査結果が郵送されてくるだけのことがほとんどです。これは、あくまでも異常があれば専門科にかかって詳細について検査をするという事が前提になっているからです。

そのうえ、検診では多くの場合、アルバイトの医師がその時だけ検査をしていることが多いのです。したがって、正確な診断ができるわけではありません。継続的に同じ病院で検診を受けていても、別の医師が診ていることが多く、前回の状態と比べることは難しいのです。

病気の中には、今の時点での所見だけではなく、数か月後の経過を診ないとはっきりと診断できないことも少なくありません。ですから、同じ医師にきちんと継続して診てもらうという事が非常に大切になるのです。

こういった問題があるにもかかわらず、健康診断を年一回受けるだけで安心している方が少なくありません。ひどくなって、手術が必要だとか、場合によっては癌の可能性があるとか、そうなってからでは治療は後手後手になって良好な治療結果が得られないこともあるのです。ましてや、癌ともなれば命にもかかわる危険性もあるのです。

ですから、私のお願いは、検診で異常があると言われたら、必ず専門科にかかってくださいという事です。検診は異常があるかどうかを調べるだけのものです。検診で異常があったら、きちんとその異常が経過を見ているだけでよいのか、すぐに治療をする必要があるのかを、早急に専門の病院で検査する必要があります。検診の結果が、簡単な書類で送られてくるからといって、その指示を無視しないでください。検診の結果を受けて、必要なら専門の科を受診することが無ければ検診を受けている意味はないのです。

さらに問題なのは、以前、専門科にかかって経過を見ていたのに、面倒だからと言って検診でお茶を濁すようなことは、決してしないでいただきたいという事です。検診では、貴女の今までの異常など考慮せずに、ただ単に今の状態を確認するだけです。決して、貴女の疾患を詳しく診てくれるわけではないのです。

現在社会は、実に物事が簡単になってきました。物を買うのも人と話すのも保険に加入するのも税金を払うのも就職先に履歴書を出すのも、コンピューターのクリックだけで簡単に済む世の中です。しかし、貴女の健康の維持については、そう簡単にはいきません。実際に検査を受けに行って、面倒くさい説明を聞いて、再診の日を決めたり、紹介された病院にかかったり、本当に大変なことです。でも、こういったちょっとした苦労の積み重ねが、結局は寝たきりにならない健康寿命を延ばしてくれるのです。いくら長生きしたって、ベッドに寝たきりの余生では、友達と旅行に行ったり孫と遊園地に行ったりする楽しみも無くなってしてしまうではないですか。それが人生百年と言われる現在の日本人に課せられた大切な心掛けなのです。

健康診断は専門科での診察とは同じではありません!

医師が患者さんに寄り添うというのは本当か?

いつの頃からでしょうか?やたらに「寄り添う」と言う言葉を見かけるようになりました。病院のHPで「患者様に寄り添った医療」であるとか、医薬品の宣伝で「患者様に寄り添った医薬品」であるとか、医療関係以外でも化粧品や衛生用品、医薬部外品、家電製品までありとあらゆる物に「お客様に寄り添った」と言う言葉を使いたがります。

私は、これはマスコミの流行の一部に過ぎないと思っています。某健康ドリンクの「ファイトーいっぱぁつ」と言うセリフ程度のものです。コピーライターがさもそれらしい言葉で人々を誘っているに過ぎません。

人に寄り添うということはどういうことでしょうか?10年くらい前にアメリカの医学論文で、「小児病棟に入院した患者は白人系よりもラテンアメリカ系の患者のほうが回復が早い」と言うものがありました。内容としては、白人は医療関係者に診療を託して子供の近くに居ることが少ないが、ラテンアメリカ系の人は、家族総出でやって来てできる限り子供に声をかけたり世話をしようとする。この事が、患者の回復を促している可能性がある。というものでした。私はこの論文を見た時に、我が意を得たり!と思いました。医師や看護師がいくら丁寧に医療をしようが近くにいようが、家族や友人がそばにいることにかなうことはないのです。寄り添うとはそういうことです。本当に患者さんが信頼して心の頼りとしている家族や友人でなければ寄り添うことなどできないのです。

考えてみて下さい。もし、貴女が病気で亡くなったとしても、医療関係者はその時は神妙な顔をしてお悔やみの言葉を申し上げるでしょうが、その次の瞬間には、次の患者さんに意識を注がなくてはいけないのです。そして、貴女が亡くなっても彼らの家族や友人がおり、また、いつもの生活を続けるわけです。ところが、貴女の家族や友人は、貴女を失ったことを一生心の中に留めて生きていくわけです。医療者は本当に患者さんに寄り添っていると言えるのでしょうか?私からすれば、答えは否です。こんなもの寄り添うとは言えません。

もし、私が病気になって患者になったとして、医療者が「あなたに寄り添った治療をします」などと言ったら許しません。じゃぁ、お前は他の患者のところに行かないでずっと俺の横についていられるのか!俺が死んだら、一生俺のことを弔って生きてけるのか!と問いただしてしまいます。ずいぶんアマノジャクですね。でも、医療者は他人です。家族でも友人でもありません。ですから、寄り添うなんてことより、医療のプロフェッショナルとして、私の病気にベストな治療をしていただきたい。これが望みなのです。

例えば、なにか犯罪に会って弁護士に相談に行ったら「あなたに寄り添ってがんばります。」などと言われても少しも嬉しくないではないですか。それよりも、裁判官や裁判員を納得させて、被告に十分罪を償わせます。と、約束してもらったほうが頼もしいではないでしょうか。

「患者に寄り添う」などという言葉は、もう、これ以上治療のしようが無いという時の最後の手段です。それまでは、必死になって治療の方法を探し求めて、なんとしても諦めずに治療をするというのが医師の使命なのです。医師が「あなたに寄り添って治療をします」などと、共感と同意などという心理学的手法を用い始めたら、それは「治療法がないので諦めて下さい。」ということです。ですから、ヤブ医者ほど「患者に寄り添った医療」などと簡単に言ってしまうのです。

マスコミは「患者に寄り添った医療」が大好きなようです。以前、マスコミが東大の医学生にアンケート調査を行ったところ「患者に寄り添った医療」と言うより「きちんと正しい診断と治療」が優先だと答えた医師が多かった。これは由々しき問題だなどと社説でのたまわっておりました。でも、正しい診断と治療ができない医師が、何をできるのでしょうか?寄り添うより、先にやることがあるだろう!と、私は憤慨していたのです。

ですから、私のクリニックのホームページには「当院ではマスコミで称賛するようなサービスはしておりません」というような過激な文章まで掲示しております。マスコミなどというものは、自分たちが売れそうな都合の良い記事を半ばでっち上げて世間に広める団体です。もちろん、時にはその事が政治を改善して世の中を改めたり、制度を改善して人々の生活を良くしたりすることがあります。しかし、一方で偏った意見を尊重し、本当に必要なことを見失わせたりするのです。例えば、戦時中は政府の圧力により戦争を鼓舞するような記事しか書きませんでした。もちろん、政府によって抑圧されていたのですから、自由にはならなかったのでしょう。しかし、戦争が終わってから、そういったウソを書いた事を真摯に反省したマスコミが居たでしょうか?政府の圧力のせいだからしょうがなかったんじゃネ?くらいの事しか考えてない。いまでも、ヤラセや捏造があるにもかかわらず、記事は大きく訂正は小さくしか出しません。これが、マスコミの正体です。ただ、それはマスコミの先天的な問題であり、今更改善できることではないのです。ですから、今、それを受け取る我々がそういった事を理解し、真実をその中から選び取らなければいけないのです。

かの悪名高きナチスドイツも、マスコミを操作することによって、ドイツを支配したと言われています。あのような、経済的、政治的混乱の中でも、ナチスは危険だということをわかっていた賢者はたくさんいました。しかし、それよりも多くの国民がマスコミを信じてナチス党やヒトラーをあそこまで強権的な集団にしてしまったのです。

現在では、インターネットが発達し、従来のマスコミの何百倍何千倍の情報を手に入れることができます。しかし、あまりにも選択肢が多すぎて、かえって選択できない事態が起きているとも言えます。そのためには、一人一人が十分に考え選択して、最終的に自分の意見として考えをまとめるべきなのです。そのためには、多くの情報を入手し、自分なりに分類していくことが必要です。それをできない人たちは、つまらない端的な協議を唱える危険なカルト集団に傾倒してしまうことになったり、そこまで行かなくても、中立性を保っているようなふりをしながら、ある一つの思想を刷り込もうと企んでいるマスコミなどに傾倒してしまうことになるのです。

話を最初に戻します。当院では、マスコミで称賛されるような「患者さんに寄り添う」などという医療はしていません。なぜなら、当院に通ってこられる患者さんのほとんどは、既に治療の施しようがないなどということは無いからです。で、あれば、寄り添うことよりも前に、的確に診断し治療をすることが一番必要なことなのです。貴女に寄り添ってくれるのは、家族や友人であり、貴方に何が起こっても、明日からいつもどおりの生活をできる我々医療者がやることではないのです。そして、その医療は、今がよく見えるだけではいけません。将来に渡って、一生貴女が健康的に生活を送れるように考えた医療でなければいけないのです。ましてや、当院の儲けを考えて、今だけ通ってもらうための医療なんてクソくらえなのです。ですから、当院では「患者さんに寄り添った医療」などというマスコミで称賛されるような医療は行っておりませんし、なんだか優しくていい感じの話など一切行わないということなのです。

私は、病院は刑務所と同じだと思っています。治療が終わって病気が治ったら「二度とここに来ては行けないよ。」と言って送り出すべきだと思います。病院なんて、健康的な人生を送っている方には必要のないものなのですから。

自分のことは自分で守らなきゃ

ときどき、外来に欧米の方がいらっしゃいます。(もちろん、日本語が堪能な。)
それで、やはり、あちらはインフォームドコンセントの国であるなぁと、感じさせられるのです。
つまり、とにかく自分が納得しないと先に進まない。分からないことがあったら徹底的に質問します。その内容は、別に専門的でないことも多い。自分の経験上そうでない方が、良いんだけど。というようなことも結構多いのです。
そして、質問する替わりにこちらの話も、プロの意見として非常によく聞いてくれますし、理解できれば尊重もしてくれます。
この辺が、外国人の方と話していると、大変だけど、うれしいところです。
結構そういう方も、日本人でいらっしゃるけれど、まだまだ少ない状況です。
意見の多い人は、結局自分の意見を言うだけで、こちらの言うことを聞かないような事も少なくありません。

そこで、インフォームドコンセントの基本にあるものはなにかと考えますと、やはり、自分がどうしたいのかという確固たる意見だと思うのです。
私は、薬は飲みたくないとか、副作用が少なければ薬は飲んでもいいとか、手術が必要なら手術をすぐに受けたいとか、他の方法があるのなら、それから始めたいとか。
ひいては、私は、がんと宣告されたら、できる限りの治療を受けたいとか、成功の確率が、6割以上であると保証された治療しか受けたくないとか、確固たる自分の意見があるからこそ、説明を受けて、自分の納得できる方法を選択して、必要な治療を受けることができるのだと思います。
しかし、その確固たる治療への考えというのは、元はといえば、自分の生き方への確固たる哲学でしょう。
つまり、自分の存在スタイルが決まっていなければ、病という、自分の存在を脅かす外敵に対して、どのように対処するかという方法は決めようが無いでしょう。

そんな小難しいことは考えなくても、もう少し、自分がどうしたいかを考えた方がいいのではないでしょうか。
例えば、子宮筋腫で貧血がある患者さんが来られて、手術の治療、点鼻薬(鼻の中に噴霧する薬)の治療、注射の治療、そして経過観察と貧血の治療の、四つの方法をお話します。
手術の話をすると、「ええ、手術ですかぁ、なんとかならないんですか?お腹切りたくないんですよねぇ、痛いでしょう?」点鼻薬の話をすると、「私、鼻炎あるから使えるかしら、しかも毎日でしょう?できるかしらぁ?」注射の話をすると、「私、注射嫌いなんです。」じゃぁ、少し様子を見て貧血の治療だけでもしましょうか?と言うと、「でも、筋腫は治らないんでしょ?」一体、誰の治療の話をしているんでしょう?

結局、その日は自分で決められずにとりあえずお帰りになって、後日いらっしゃるなり、「家族や友達から、それなら早く切るべきだって言われたんです。
家族も、夏休みなら大丈夫だから、手術の予約を入れて来いって・・・。」で、あなたはどうなんですか?「周りが皆その方がいいって言うし、夏休みなら休みが取れるし、手術しようと思うんですけど・・・。」

あなたは誰の病気を治したいの?家族の病気を治してあげるつもりなの?
家族のことを考えて、自分で決めたというように考えれば良いのでしょうが、それにしても自分の手術を家族や友達に決めてもらうとは・・・。
外来をやっているとそんな話はよくあるんです。これが、インフォームドコンセントといえるのかどうか?

そして、これは絶対に忘れてはならないのは、あなた自身を守れるのは、あなた自身であるということです。
あなたの家族は、最も協力的で不可欠なパートナーですし、信頼できる主治医は、治療への水先案内人です。
でも、実際に治療を受けるのはあなた自身で、誰も替わることができないのです。
最後の最後には、あなた自身が、いろいろな情報から自分に一番適切と思える治療を選択しなくてはならないのです。

よかよか医者にご注意!!

大抵の日常の病気はよかよか医者だろうが、葛根湯医者だろうが、誰でも治せるのです。
というか、治ってしまうのです。
ただ、ほんの一握りの重症な病気になった場合に、よかよか医者にかかっていると、大変な事になってしまいます。

それでは、普通のときは別に何も弊害は無いじゃないかって?いえいえ、そう言う医者にかかったらいらない薬でも、いらない検査でも何でもかんでも出来る事はすべてやられてしまいます。まぁ、それの方が病院に行った気がして安心感があるというのなら別ですが・・

そして、よかよか医者はただ、自分の都合の良いようによかよかいっているだけですからもし、万が一自分の手におえないような病気でも、平気で引き伸ばせるところまで引き伸ばして自分の病院に通わせようとします。
うっかりすれば、無用な処置をして、それから他院へ送るような事も平気でしますし、もっと能力が無ければ、そういうことをしているという事すら自分で気がついていません。(診断がつかない。)
結局、患者離れの悪い医者(手に負えないと思っても他科や、他院に紹介しない医者)は、よかよかであるといえましょう。

いづれにせよ、よかよか医者にかかっていれば、お金をかけるか、自分の命を賭けることになるのは必至です。

よかよか医者にご注意!!

よかよか医者の見分け方。

よかよか医者には以下のような特徴があります。

  • あなたが、要求すると、とにかく何もいわず、投薬や、検査を行う。
  • 投薬や、検査について、説明しないか、もしくは、副作用や、合併症を言わない。
  • あなたの訴えに対して、きちんとした説明を行わない。診察所見の評価なども言わない。
  • 治療方針について詳しく説明しない。いくつか考えられる治療があっても自分のやりたい治療の事しか説明しない。
  • 治療法についても、副作用や、合併症についての説明が無い。
  • 分からない事を分からないと認めない。
  • 分からない事があっても調べてくれようとしない。

医者だけでなく、どんな人に接するときもそうですが、都合の良い事ばかり言う人はいんちきだって事です。
医学には、わからないことがたくさんあるし、薬には、副作用が、治療には合併症が必ずあるのです。
それを隠しておこうとするとは、人を馬鹿にしているとしか考えられないでしょう。
医者も万能ではないのですから、必ず分からない事もあるはずです。

本当に、あなたの事を考えてくれる医者なら、分からない事は分からない事として、調べるなり、わかる先生に紹介してくれるなりしてくれるのが当然だと思いませんか?

本当にあなたの事を考えてくれる先生なら、薬の副作用や、治療の合併症について、話してくれると思いませんか?

あなたが、治療に不適切な事をしているならば、きちんと指摘してくれると思いませんか?
やさしいだけの先生は、結局自分の人気だけを考えているのだという事をお忘れなく。
例えば、誘拐殺人犯だって、皆あんな良い人がねぇと、言われる時代なのです。やさしい事を言って、人をだますのは簡単な事なのですよ。もっとしっかり目を見開いて、本当にあなたの事を考えてくれる主治医を見つけて下さい。

信言不美、美言不信

(真実の言葉は飾り気が無い。飾り立てた言葉は真実の言葉ではない。)

老子 第八十一章

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