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神奈川県横浜市青葉区市ヶ尾1154
市ヶ尾プラーザビル1F

0120-179707

24時間ネット受付

レディースクリニック市ケ尾|横浜市、青葉区、都筑区、旭区 、緑区、瀬谷区、川崎市宮前区、川崎市麻生区 、市が尾駅、婦人科、更年期障害、ピル、緊急避妊、中絶

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当院では、ご予約があってもお待たせするかもしれません。

ご予約を頂いた方、申し訳ございません。
当院では、ご予約があってもお待たせすることがあります。

ローカルなクリニックなので、近くの患者さんがちょっとお買い物ついでに寄られることがあります。
こういった方も予約無しで受け付けておりますので、ご予約の方にはご迷惑をおかけすることがあるかもしれません。
ご予約いただいた方は、できるだけ優先的にお呼びするようにしていますが、重症な病気をお持ちの方手術など当院ではできない治療のためご紹介が必要な方、精神疾患をお持ちで十分な説明が必要な方など様々な患者さんがいらっしゃいますので時間がかかることがあります。

当院では、診療に手を抜きません。

良いことも悪いことも、楽しいことも悲しいこともすべてひっくるめてお話をします。
貴女の人生を左右する身体のことをお話するのですから全てをお話して最適な選択を求めます。
ですから、診療前に病気について今までの経過や困っていること一番悩んでいる問題などをきちんと話せるように準備しておいてください。

それでも時間が余るようなら、映像や情報提供動画、ファッション雑誌などを利用してお待ち下さい。
化粧品や健康食品について受付でご相談いただければ快くお答えいたします。
また、化粧品のサンプルもご用意していますのでお気軽にお声をかけてください。

午後6時以降にはスイーツを用意して夕食前の小腹がすいたときにご利用いただけるようにしております。
院長は、元柔道部でぶっきらぼうでそっけないかもしれません。
しかし、当院では患者さんを飽きさせないための様々な工夫をいたしております。
是非、ご利用ください。

当院では、一般にマスコミで称賛されるようなサービスを行っておりません。

  • のんでいる薬や、今までの病歴、最終月経など医学的に重要だと思われることをきちんとお答えいただけない方には、正確な情報を伝えていただくまでしつこく質問します。
  • 現在の病状をきちんと順序立てて詳細に話していただけない方にはしつこく質問します。
  • 他の病院で行っていた治療や検査をきちんとお話いただけない方には、しつこく質問します。
  • 病気の事を聞いたり、お話したりするのに、ニヤけてみたり面白い話でごまかしたりはしません。
  • 病気の説明や、薬の副作用、検査の必要性をお話するのに、ニヤけたり笑ったりはしません。どこまでも真剣にお話をします。
  • 問診をしたり診断をしたりのためにお話をしているのに、平気でマスクをして顔を隠していたり、よそ見をしていたり、携帯を気にしていたりする方には注意をします。
  • 患者さんに納得いただけるまで、しつこく話をしたり、間違えた理解をしていれば、それを正したりします。
  • 医療のサービスは、クリニックに来ていただいた患者さんが、ただそのときだけ良い気分になるということではないと考えています。これから、それぞれの体で一生を過ごさなくてはいけないのです。安易に今だけの症状を改善するのではなく、10年後20年後に、治療をしたことが少しでも体のためになった、余計な治療を受けなくてよかった。と思っていただくための治療を心がけています。
  • こういった当院のコンセプトに不快感を感じる方は、他の病院にご紹介いたします。
    現在の日本では一駅ごとに同じようなクリニックが乱立している状態です。無理に当院を受診していただかなくても、近隣他医でご希望に合った治療を受けることは十分に可能です。
  • ただし、当院で受けた検査や治療を放棄されるのは非常にもったいないことです。どんなに不快と思われたとしても、紹介状は書かせていただきますので、最後までお付き合いください。医師に会いたくないということであれば、受付の者に申し付けていただければ結構です。
  • 他院で、いい加減な説明をされたり、中途半端な治療をされたりしてつらい思いをしている方が、少なからず当院を受診されます。当院では、耳障りの良い言葉でごまかしたり、うまい事を言って煙に巻いたりせず、きちんと患者さん一人一人に向き合って医療を行っております。そして、それが真の医療サービスだと信じてております。

今は不快だと思われても、将来の貴女のお役に立てることを第一義に診療をしております。

医療の安心とは何か

先日、診断に対する厳しい現実を真摯にお話ししたところ「私は、病院に来て安心しようと思っているのに、ひどい指摘をされてショックを受けた。」とおっしゃった方がいらっしゃいました。

昨今、世の中の全てがマスコミに毒されて、厳しさを否定し、肯定的で聞こえが良く楽観的な話ばかりがもてはやされます。もともと日本人は、はっきりした言い方を嫌い、曖昧で当たり障りのない会話を好みます。

確かに、人間が作った人間の規則であれば、そういったことでうまくごまかすことも可能でしょう。しかし、医療については、それが良いとも言えないのです。以前から申し上げているとおり、人間の体は自然の創造物で、人間の都合で思い通りにはなりません。

明日は外せない約束があるのに、発熱して体調が悪い。会社で重要な役割を任されたのに、突然の腰痛で動けなくなった。明日から旅行の予定なのに、虫垂炎で入院が必要になった。などなど、人間の思惑とは別に自然の法に従って体にはケガや病気が起きるのです。

最近では、医者の数も増え、人気取りの医者が数多く見受けられるようになりました。こういう医者は、患者さんに逃げられないように、口から出まかせ、おべんちゃらをいって嫌われないようにするために必死です。

そういう医療がどういう問題を起こすかという例があります。

他院で子宮頚癌検査をされた方。非常に微妙な異常が見つかりました。これから癌なる可能性がある細胞ということで、きちんと検査の手順が決まっているのですが・・・その医者は「癌になるかもしれない」などと言うと、患者さんが脅かされたと思い込んで嫌がられると思ったのでしょう。最初のステップの検査を行い、その結果が陽性となり、次のステップに進まなくてはいけないものを「このくらいなら大丈夫ですよ。また半年くらいしたら検査してください。」といって帰してしまったのです。その患者さんは、異常があったということで心配して当院にかかられました。検査の結果で明らかに異常が出ていたので、直ちに次のステップの検査を行ったところ・・・非常に初期の癌という結果が出たのです。すぐに大きな病院を紹介して、簡単な手術を受けて事なきを得ました。もし、初期の癌に気づかなければ、半年後の検査では大変なことになっていたかもしれません。

次の例も子宮頚癌検査です。その病院も、異常だということで最初のステップの検査をしたのですが、その検査がいい加減だったようで「陽性と思われるがはっきりと判断できない。」というような結果が出てきました。それであれば、再度検査をする必要があるはずですが、これまた適当なことを言うおべんちゃら医者だったようで、「軽度の異常はあるかもしれないがはっきりしないので経過をみましょう。」というようなことを言われたとのこと。それはおかしいからということで、当院でもう一回検査をしたところ、完全に陽性の結果が出ていました。現在でも前癌状態で経過観察中です。

次はカンジダの方です。カンジダ膣炎はかゆみや下り物の原因になる病気で、女性にはよくある病気です。症状が気になれば治療をすれば良いといった程度のものなのですが…ある病院に通っていた患者さん。その病院で一年も治療しているのに一向に治らないということで来院。よく聞いてみると、カンジダの治療を終わった後の検査で細菌が見つかったといわれ、今度は抗生剤を使って治療をするのだそうです。抗生剤の治療が終わるとまた検査。するとカンジダが再発している。その繰り返しで、一年間通っているのに治らないと。しかし、膣の中は皮膚からつながっている部分なので、常在菌という普段は悪さをしない菌が少しはいるのです(カンジダもその一種類なのですが)。ですから、カンジダの治療が終わっても、カンジダ以外の常在菌は少し検査に出る可能性があります。特に症状がなければ放っておくのが常ですが、その医者、何を考えたか、抗生剤を使って治療をしてしまった。抗生剤を使うと、常在菌の中の善玉菌が減ってしまうので、またカンジダになりやすくなる。それで、治療の繰り返しとなった可能性が高いのです。まぁ、その医者、学会で会うといつもニコニコして愛想がいいもんなぁ。ニコニコしながら「まぁた、菌が出ちゃいましたねぇ。ちゃんと治療しときましょう!」なんて言われたら、なかなかイヤですとは言えないですものねぇ。でも、愛想がいいことときちんと病気の治療をすることは、正直、なんの関係ありません。当院で、カンジダを治療した後、そのまま放置したところカンジダの再発もなく、治療は終了しました。

子宮筋腫や卵巣嚢腫の方も、ひどくなってから来院して、これは手術が必要だと説明すると「前の病院で、たいしたことないって言われたんですけど!」「まだ小さいから心配ないですと言われましたっ!」と反論する方が少なくありません。それ、前の医師が重大な病気であると説明すると患者さんに嫌がられると思って、そこそこの説明をしていたにすぎません。本来なら、卵巣嚢腫や子宮筋腫があれば、これからひどくなる可能性があるからきちんと来院して定期的に経過を診なくてはいけない。と説明しなくてはいけないのです。その上、35歳を過ぎてこれから妊娠したいなどと言われれば、当然、高年妊娠のリスクや、不妊症のリスクなども話しておかなければなりません。しかし、年齢の話になると、急にムッとする方が少なくありません。気持ちはわかりますが、今のところどう逆立ちしても、人間は年を経るごとに年を取り、体は老化していくのです。そして、35歳を過ぎれば妊娠のための機能は落ちて行って、40歳になれば妊娠出産することは大変難しくなるのです。そういう話をまじめにすると、今度は「私はまだ、20台に見えるといわれる。」などと苦し紛れの言い訳を言い出す人までいます。私は美容外科医ではありません。別に見た目が若いの若くないのという話をしているわけではないのです。昨今の、見た目重視で女性評価をするマスコミの影響なのでしょうか?一方では、ミスコンなど女性差別だとか、水着審査は女性蔑視だと騒ぎ立てているのもマスコミではありますが。しかし、医療の前では、差別も蔑視もなく、ただ自然に人間の女性とはそういう仕組みになっているというだけの話です。

最近の人は老いも若きも、きちんと人の話を聞いたり、人と真面目に議論したりができません。こちらがちょっと真顔で説明すると、すぐに「文句を言われた」「怒られた」などと言ってふくれっ面をしたり、わかりました!と言って話を打ち切ろうとしたり、中にはべそをかいたり平気でします。しかし、病気の話をするのに、ニヤニヤ笑いながらなどできるでしょうか?上記のような人気取りだけの病院で、いい加減な治療や診断を受けてきた方が「ニヤニヤするだけできちんと説明してくれない。」「質問をしても大丈夫だと言って、笑ってごまかされる。」と訴えてくるというのも事実なのです。しかも、こちらに来てから「あの薬は必要なかったですよね!」とか「筋腫は大したことないって言われたんですけど!」とか訴えてくる。そう思うならまず、そのきちんと説明をしてくれない医師に繰り返し説明を求めればいいではないですか。こちらに来てから前の病院がおかしいと言われても、その病院の医師がどういった所見でどういった診断をしたのかはわかりません。また、前医でいい加減な診断、説明を受けてきた方は、こちらでまじめに説明をすると、理解できず、これまたムスッくれたり話を打ち切ろうとしたり、べそをかいたり平気でします。申し訳ありませんが、私は婦人科医で、子供を診ているわけではありません。新聞を読める程度の読解力と、話を聞いて理解し判断する能力がある大人として診察しているのです。正直言って、前の医者が貴方を幼児扱いしていい加減な話しでお茶を濁していたのです。私の話が信じられないなら、どうぞ、前の医者に戻って人気取りだけのいい加減な診療を受けて下さい。ということなのです。

本当のことを言うと、人気取りの医者は金儲けを企んでいる医者の可能性がほとんどです人気を取りたいということはひいては患者を増やしたいということです。患者が増えれば増えるだけ儲けは増えます。ですから、人気取りの医者は患者を増やして儲けを増やすということに必死なのです。当然、医療は二の次です。だって、医療をまともにやっていたら、患者を減らす可能性が高いのですから。そもそも、外来に歩いて通ってくる患者さんの殆どは、治療が必要ないか治療しなくても自然に治ってしまうかの二つに一つです。ただ、治療しないといけないのかどうかを判断するのが医者の技術なのです。しかし、人気取り医者は、治療しなくても良い患者に、適当な診断をつけて治療をするということです。先のカンジダの症例でも分かるように、素人ではわからないような常在菌が書かれている結果を見せて「こんなに菌がでているんですよ!」と説明すればイチコロです。逆に、検査の結果に治療には必要のない余計な情報が書いてあると、私などは、本当に説明に苦労します。それより「ここに異常がでています。すぐに治療が必要です!」とか言っちゃったほうが、本当は楽なのです。

例えば、ある小児科の先生は、風邪に薬が必要ないと説明するより、風邪薬を出して「すぐに治りますよ。」と説明したほうが楽だし、感謝される。と言っています。そうなのです。風邪には薬は必要ありません。風邪など自然に治るもの。しかし、そのことを説明するのが大変です。昔の医者が、風邪を引いたら薬を飲むべきだという刷り込みをしていますし、さらに、製薬会社が役にも立たない風邪薬を売りつけようと「風邪のひきはじめにはパ**ン」「ひき始めの症状に合わせて3つの効果」などと有名な俳優を使って宣伝させるからです。風邪には薬は不要などという宣伝を大金出して行う会社はありません。そういったわけで、多くの人が風邪をひいたら薬をのまなければいけないなどという都市伝説を信じているのです。さらに、前述の人気取り医者が患者の人気を取るためだけに風邪薬と称して、つまらない薬を出すわけです。そもそも風邪は一週間以内に症状が自然に無くなりますから、薬をのんだから治ったと勘違いして、また、風邪をひいたら医者にかかろうということになってしまうのです。

そういったように、医療は素人では判断できないような様々な要因が絡み合って成り立っているのです。最近は、よく、インターネットで調べてきたなどという人がいますが、これがまた眉唾ものです。以前、私は、まじめになんとか質問箱というところに回答をしていました。その前年にカナダの研究で死亡原因の4位は薬の副作用である。というような統計が発表され、結構医学会では騒ぎになっていたのです。そこで、薬の副作用が死亡原因の4位だと発表された。と、ネットに書き込んだわけです。すると、どこの論文だ?と言う話になったので「JAMA」(アメリカ医学会雑誌)に載っているとコメントしたわけです。その反応は「JAMA」ってなんだ?ああ、医局に製薬会社が置いていくペラペラの論文誌だ。ああ、あれか。大した文献じゃないな。と、言うようなやり取りが続きました。私は戦慄したのです。JAMAはアメリカ医学会誌で世界的にも権威ある医学雑誌です。医学論文を一度でも書いたことがあるのなら、JAMAの重要性は承知のはず。医局に置いてあるペラペラの冊子は製薬会社が作った日本語訳ダイジェスト版で、本物ではありません。少なくとも、研修医が終わって、医学論文の一つでも発表させてもらっていればJAMAの意味が分かるはず。と、言うことは質問箱で偉そうに医者として語っていた連中は全て研修医か学生やパラメディカルだったということです。そういうことを踏まえてインターネットの医学情報を見ると、大抵が医学サイトから引用したり、独自の健康食品や健康器具を売りつけるためのサイトだったり、医者ではなくて、パラメディカルや看護師、医者になりそこねた製薬会社社員だったり。兎に角、本当のスタンダードな返答という事を求めることができないような状況だったのです。さらに、医者であっても他に認められないような特殊な治療や診断を行うものが、大々的に宣伝していたりと、まさに魑魅魍魎なのです。こんなもので調べられて意見されたらたまりません。もちろん、その結果を自分の責任として受け入れていただければ問題はないのですが、医者にかかったことによって、その医者の責任にされてしまうのは心外なことです。だから、自分で調べたインターネットの知識をひけらかすことはやめてくさい。

私は、インターネットで調べたという方に対して、誰が書いたかわからないネットの記事などより目の前の専門医を信じてください。もし、ネットよりも信じられないと思うのなら、ほかの病院を紹介します。ご自分でネットよりも信じられると思う医者にかかってください。と申し上げます。

もっとも、最近では、AI(人工知能)が人間より早く正確な診断をする研究がすすめられているようです。まぁ、それはそれでいいじゃないですか。でも、自分の思い込みの通りに診断治療をしてもらって医療に満足感を得ようなどと不届きな考えをしている方々は、覚悟が必要ですよ。コンピューターの診断はそれこそ無慈悲です。事実以上でも以下でもありません。自分の思った通りではないからと言ってムスッくれても、べそをかいても、コンピューターの診断には逆らえません。事実は一つしかないのですから。

結局、医療で受ける安心というのは何かということですが、まず、病院はホテルやビューティーサロンやエステではないということを、よく認識してください。医療を行う場所なのです。前から書いているように、見た目をよくするということが目的ではありません。いま、困っている疾患について、原因を突き止め治療する。もし、完全に治療できない疾患であれば、不快な症状を軽減する。というのが目的なのです。口先から出る出まかせやおべんちゃらで患者さんを喜ばせるのが仕事ではありません。そんなことを求めているのなら、太鼓持ちでも雇ってください。少なくとも、精神的な不安を抱えていて、それを改善したいというのなら、心療内科や精神科、心理カウンセリングなどで治療するべきであって、精神的な不具合が原因になっている病気でなければ、まず、その病気の原因を取り除くのが先でしょう。病気の原因が取り除けるのなら、症状は改善して、精神的に改善を行う必要など一つもありません。

ケガをしたときに「あ~、かわいそうだねぇ。痛いねぇ。」と、同情をしてくれる役目は医者ではなくて、家族や友人などの何も手を下すことのできない人にあるのです。すぐに麻酔をしケガを縫って鎮痛剤を投与し、数週間後にはすっかり回復させるというのが医者の仕事。それができなければ医者なんて何の意味もない。現在、マスコミがワァワァ騒いでいる全人的治療というのは、例えば、そのケガを治すときに経済的な理由でどうしても安静にできないとか、実は家族の暴力が原因のケガなので家庭に戻すと再発の可能性があるとか、遺伝的にケロイド体質なので治癒過程に注意を要するとか。そういったことを加味しながら治療を進めていくということで、おべんちゃらや都合のいいお世辞を言ってその時だけ気分を良くさせるということではありません。なにか、全人的治療というとみんなで仲良く治療しましょう。といった、見た目だけのやさしさを思わせがちですが、それは間違いです。

数年前、左翼的報道機関が若い医師にアンケートを取ったところ、医師は正確な診断をし治療を行うことが第一義である。という考え方の医師が多いという結果が出ました。その左翼的報道機関は、医師としてあるまじき考え方である!などと騒いでいましたが、私はそうは思いません。なぜなら、正確な診断と治療ができない医師など医師としての義務を果たしてはいないからです。簡単に言えば、医者なら病気治せよ!というのが最初でしょう。そのうえで、じゃぁ、どうしても治せない病気ならどうするか。ということになってくるわけで、逆に、医者がよく話を聞いて優しくしてくれるようになったら、それは、もう、手の施しようがないのだと考えた方が良いということです。

治療が第一優先だろ!というと、文句を言う左翼野郎がたくさんいるのですが、例えば、神の手だなんてマスコミに持ち上げられている医者。ああいう人を求めるのはなぜですか?病気を治してほしいからでしょう?あの人たち、決して神のような人格者ではありません。特に、全国を飛び回っている医者などは、手術の準備をすべて他の医者に任せて、家族や本人に話をするのは、すべての説明がきちんと終わった後。「よし、僕が何とか全力を尽くすから、貴方も全力を尽くして治るようにがんばってね!」などと声をかけ、すぐに手術ですよ。で、成功すれば、どうであろうと神様だと患者や家族から感謝される。それだけのことでしょう?結局は、結果による評価なのです。それが何より証拠には、神の手だなんてマスコミで持ち上げられていた先生。マスコミであまりにも宣伝され過ぎたため、専門以外の疾患の手術を無理やりさせられ、失敗して訴えられていました。一億円の訴訟だったようです。いくら神の手だなんだと言われても、結局は、治療結果によって判断されてしまうのですよ。そして、神の手の先生たちの素晴らしいところは、その技術もですが、それ以上に、自分で手に負える症例かそうでないかをきちんと見分ける力を持っているということです。私も、そういう医者に紹介してくれといわれて紹介状を書いたことがありますが、自分には治療できない病態だとあっさりと断られました。それが、神の手の神である所以です。

私は神の手などには到底及びませんが(そもそも最近手術などとは全く無縁ですし。)せめて、正しい診断、正しい治療で、まず病気を治す。これが目標です。しかし、人間は年を取り、加齢によって避けられない疾患があったり、遺伝や体質によってどうしても避けられない疾患があります。そういった疾患は、治療では完全には治りません。そういう疾患に対しては、症状をできるだけ改善し、どうやって付き合っていくかを話さなければいけません。婦人科は妊娠・出産にも関連する科目なので、年齢により妊娠・出産が難しくなることを、厳しくても話さなくてはいけないのです。おそらくは、内科などでは、糖尿病の食事管理や、高血圧の体重管理なども厳しい話をしなくてはいけないのでしょう。そうして、最終的に重大な問題につながらず、安全な出産をできたり、健康寿命が延びたりという結果が得られれば、治療は成功なのです。しかし、特に、加齢に関する問題というのは、結果が分かるのには長い期間がかかります。目の前のやさしさやおべんちゃらで解決する問題ではないのです。まず、患者さん自身が十分に理解し、真剣に取り組むことによって初めて達成できる治療結果なのです。そういうことも理解せず、目の前のやさしさや安楽さに飛びついていては、結局、最終的に後悔することになるでしょう。医者の役目というのは、嫌われても構わないから、何年後か何十年後かに「はじめは厳しいことを言われたが、今になってなぜあんなに厳しく言われたかが分かった。」という診療をしなければいけないのです。目の前の人気だけのために、必要以上に優しくしたりおべんちゃらを言ったりして患者を満足させるのが医者の仕事ではない!医者の仕事は、患者さんとして来てくれた人が、将来、少しでも健康の問題を少なくして、できれば問題を無くして生活ができるよう努力することが求められるのです。

我々が今生きる現在というのは、マスコミの論理が蔓延して、即物的に目の前に見える今だけを改善することに躍起になっています。簡単に言えば、我々の人生をまるでエンターテイメントのように演出しようとしているのです。しかし、我々の人生は、マスコミがテレビや雑誌に表現するような一時的なものではなくて、常に継続した時間の中に生きているのです。エンターテイメントならそこに現れている時間だけ笑ったりおどけたりしてればいいのでしょうが、人生はそうはいきません。様々な疾患や問題に巻き込まれ苦しみもがきながら一生を生きていくしかないのです。面白おかしく話を紡ぎだす放送作家の台本通りには行きません。ですから、医者の使命は、面白おかしくすることではなく、真実のたくさん詰まった人生を妨げる疾患という障害に、どう対処するかということと真剣に対峙するということなのです。そういった意味で、医者は、一時のやさしさやおべんちゃらを排除して、真摯に患者さんに向き合っていかなくてはいけないのです。

 

信言不美、美言不信

信言は美ならず。美言は信ならず。

(本当の言葉は耳に優しくない。耳に優しい言葉は本当の言葉ではない。)

 

経過観察は放置ではありません。

最近、他院で検診などを受けて、子宮筋腫や卵巣嚢腫、子宮奇形などを指摘されながら「経過観察と言われた」と言って放置している人が少なくありません。

そういう方が、過多月経や下腹部痛など症状が出てから受診されると、大変なことになります。

ましてや、癌検診で経過観察などとあいまいな診断を出されてよくわからないで放っておいた結果、不正出血などで来院されると、それこそシャレにならないほど重症なこともあります。

どうも、医師が言う経過観察と患者さんの考える経過観察というのは意味が違うようなのです。

医師が言う経過観察は、年に一回くらいは子宮頸がん検診を受けるだろうから、そういった機会に検査して異常がひどくなっていないかどうかを確認してほしい。という事を言っています。できれば、検診をした病院で経過観察をしてもらえば一番良いのです。

しかし、患者さんは経過観察と聞くと、なにか異常があったらかかればいい。というようにとらえているようです。その「なにか異常があったら」というのも個人によりとらえ方は様々で「少しでも出血や腹痛などのいつもと違う症状があったら。」と、考える方と「我慢できないくらいのひどい出血や腹痛などの異常があったら。」と考える方とがいらっしゃいます。前者の場合には重症にならない可能性が高いのですが、後者の場合には重症化して手に負えなくなってから受診をされる事も少なくありません。

これが、子宮筋腫や卵巣嚢腫などの良性疾患なら適切な治療をすれば改善します。しかし、癌であれば、死ぬ可能性もあるのです。

そうです、医師の経過観察という言葉は「きちんと婦人科で検査を続けないと癌などの命にかかわる病気になる可能性もある。」という事を言っているのであり、これに簡単な解釈をすることは許されないのです。

当院にもいらっしゃいます。他院の癌検診で異常を指摘され、間違えた診断で経過観察を言い渡された方。最近の子宮頸癌検査では、正常の場合NILMという結果が出てきます。これが、ASC-USとなると一歩癌に近づいた状態です。ただ、この結果だけでは、非常に微妙な変化なので、癌に変化する異常なのかそうでないのかを判別することはむずかしいのです。そのため、HPV(ヒトパピローマウィルス)の検査を必要とします。もし、癌に変化しやすいHPVが発見されれば詳しい検査をしなければいけません。ところが、その病院ではHPV検査をして陽性の結果が出ているにかかわらず、詳しい検査もせず6か月後の再検査という診断を下したのです。

そういった方が当院に来院されたので、当院ではガイドラインに従って、詳しい検査をしました。すると、CIS(初期の癌)である可能性が高いという結果が出たのです。すぐさま大学病院にご紹介し事なきを得ました。もし、この方がそのまま気が付かずに半年間放っておいたらと思うとぞっとします。

これは、医師が経過観察の方法を間違えた例ですが、良性疾患であれば、それほど厳密には経過観察の方法は決まっていません。6か月から1年に一度の経過観察で問題ない場合がほとんどです。ただし、経過観察というのは、放っておくことではありません。例え、良性疾患であっても、何年間も放っておけば症状がひどくなり長期の投薬治療や手術が必要になる事もあります。あくまでも経過観察というのは、定期的に婦人科を受診して超音波検査や内診などの検査を受けるという事を言っているのです。

さらに、子宮筋腫や子宮内膜症は閉経になるとそれ以上疾患が進む可能性はないため、40代になってからそういった疾患を指摘されると「閉経になったら治るから大丈夫。」などというお気軽な診断を受ける場合も少なくありません。

しかし、いくら閉経になったら治るからと言って放置することは危険です。ただ漫然と経過を見ていると、数年で増悪していきなり過多月経や月経困難などの強い症状が出てくることがあり、そこまで放っておくと薬物治療では功を奏さないこともあるからです。

皆さん、本当に注意してください。簡単な検診などでは簡単にしか結果を伝えられません。異常があって経過観察と告げられた場合は、侮ってはいけません。必ず婦人科医に受診をして、きちんと正しい間隔で定期検診を受けて下さい。そして、異常があった場合の経過観察は必ず専門科で正しい検査を受けてください。通常受けている一般的な健康診断は、専門科での検査ほどは正しい結果は出ません。

そういったすべての意味を込めて、経過観察は放置ではありません。きちんと、医師の指示通り定期的に専門科にかかって相談する事なのです。

もう一度書きます。「経過観察」は放置しておくことでも、会社や一般の検診を受けるという事でもありません。異常に対して、「定期的に専門科で検査をすること。」なのです。ご自分の身体に対して、ご自分が責任を持って、専門科を受診するという事を忘れないでください。

 

当院を受診して不満を訴えられるのは以下のような場合です

  • 他院で受診して経過を診ているにもかかわらず、他院の紹介状も検査結果も持ってこられない場合。

    当院では、他院で経過を診ている方は原則的にそちらの病院できちんと相談をしていただくようにお願いしております。前医での診察所見や経過がわからない場合、とんでもない思い違いをしてしまったり誤診をしてしまったりすることがあり、非常に危険です。ご本人が前医から聞いた事を伝えていただいても、伝言ゲームにしかなりません。きちんとした診断や治療を求められるのであれば、前医の所見や検査結果、診療経過は必ず必要です。逆に、そういったものを必要としない診療を求められるのであれば、申し訳ございませんが当院ではご希望に添えることはできません。
  • 検診で正しい結果や所見が知らされていない場合。

    よくある会社での検診は、最低限の検査しか行いません。また、検診の結果は直接説明がなく、簡単な結果が書類で送られてくるにすぎません。検診病院によっては、通常の検査結果に準じていない結果を送ってくる場合があり、この結果だけでは診断のしようがありません。さらに、検診病院が大きな病院の付属である場合、そちらの病院で経過を診ることを前提にして正常・異常を示すための簡単な結果告知だけをしている場合が多くあります。まず、検診病院に問い合わせてみて、継続して検査をしてもらえないか、もし、検査をしてもらえないのなら詳細な紹介状を書いてもらえないかを尋ねてみてください。紹介状がない場合、結果によっては初めから検査のやり直しが必要になる事があります。
  • 検診で腫瘍マーカーを調べてもらった場合。

    現在の所、腫瘍マーカーで癌の死亡率を減らせるという証拠(エビデンス)はありません。腫瘍マーカーは癌などの異常が見つかった時に、状態を調べたり、経過を確認したりするものです。検診病院に勧められるままなんとなく腫瘍マーカー検査をして、何の腫瘍であるか診断がつかずに不安に陥っている方が少なくありません。腫瘍マーカー検査は安易に受けない方が安全です。また、腫瘍マーカー検査をうっかり受けてしまい、異常が出た場合には婦人科ばかりではなく多科に渡る詳細な検査が必要ですので、ご理解ください。腫瘍マーカー検査を受けるくらいなら、しっかりとお金をかけてPET-CTを受けていただいた方がよろしいと思います。安い検査は安いなりの効果しかないという事をご理解ください。
  • 初診、もしくは再来初診で最終生理や現病歴、既往歴、家族歴など必要な情報をきちんと書かない。

    最終月経は婦人科では最重要な項目なのですが、それでも思い出していただけない。少なくとも、妊娠している可能性があるかどうかは治療に大きな影響を及ぼしますので、必ず思い出しておいていただきたい項目です。また、今の症状についていつから、どのくらいの、どういった症状が、どのくらい続くのか。という事をきちんと説明していただけないと、診断のしようがありません。今までの病気や、家族の病気なども今の病気につながっていたり、治療に影響を及ぼす可能性もあり、きちんと正直に伝えていただかなくてはいけません。こういった事をきちんとしていただけない方には、しつこく、正しい情報を得られるまで質問をします。
  • 診察が終わってから、新たな症状について訴える。

    問診の時にお渡ししている資料にもありますように、診察をした後ではできない検査もあります。疑問がある場合には、必ず診察前に医師または看護師に伝えてください。
  • インターネットや友人に聞いた話によって思い込んで診療を受けに来院する。

    色々と情報を仕入れていただくのは構いませんが、本当の情報は目の前にいる専門医師からしか聞くことはできません。逆に、目の前にいる医師はコンピューターや、ましてはあなたの友達ではありませんから、長年の経験から貴女の症状にあった診断や治療を探り出します。残念ながら、コンピューターやお友達は、治療によって生じた問題について、決して責任を負ってくれませんし、ましてや、新しい治療を提案してくれることはありません。どうか、目の前の医師を信じて、よく話を聞いて理解してください。それでも気に入らなければ、ご希望の近医に紹介状をお書きいたします。一番不幸なことは、気に入らないのにずっと受診して、最後に齟齬を生じて問題なった場合です。こじれてしまう前に、病院を変えることをお勧めします。貴女にはこの病院は合わなかったというだけの話です。

その健康診断、本当に必要ですか?

近年、企業が従業員に対して健康診断を受けさせる義務が生じ、特定健康診断といった検診を受けている方が多く見られます。しかし、本当に健康診断により健康寿命は延びるのでしょうか?

欧米では、健康診断を受けた方と受けない方を比べて健康寿命が延びたかどうかを比較する調査が何回か行われました。結果、健康診断を受けていてもいなくても健康寿命に変わりはないという結果が出ています。ですから、欧米では日本で行われているような健康診断は行われていないというのが実際のところです。

ただし、健康診断を行って異常が見つかった方に治療を行うと、医療費は減るという結果も出ています。つまり、健康保険の出費を減らせるという効果はあると考えられます。

卑近な例を挙げますと、私の義父は病院で検査を受けた後、帰る途中に心筋梗塞で亡くなりました。検診とはそんなものなのです。最近では、肺がん検診で癌を見逃したという事をマスコミが大々的に取り上げていました。確かに数回癌検診を受けていたのに見逃されていたというのは、若干違和感はありますが、肺のレントゲン検査はもともと肺結核の検査として発展した検査であり、肺癌に関して本当に有効であるかどうかは疑問の持たれるところなのです。もちろん、現在はデジタル技術が発達し、レントゲンをデジタル化して診断することで、より精密な診断ができるようになってきています。

そもそも、今までの身体の状態もよく把握しないままいきなり検査をすることで体の異常を発見しようなどというのが虫のいい話なのです。人の身体というのは、個人差が大きく、検査の結果の評価は標準偏差内に収まったものを正常としているにすぎません。ですから、人によっては、いつも異常値が出るけれど異常はない。という方もいれば、いつも正常値だけれども本当はその方にとっては異常という事もあります。簡単に言えば、例えば体温などもそうでしょう。いつも私は36度後半で、時には37度を超えることもあるけれど体調に異常はないという方もいれば、いつも35度台で36度後半になれば、体調が悪くなるという方もあるのです。

ですから、本当は健康診断の結果というのは、個人差があって当然なのです。しかし、検診病院では、標準的な基準値をもとに異常が出れば異常と判断します。本当は、経過をみて変化を確認するべきなのにです。

さらに検診では、結果を単純化してしまいます。我々医師が、どういった検査がどのような状態で、それをどう判断したから異常なのかという事は、個人に送られてくる結果の用紙には書いてありません。ただ、この検査が異常値ですので異常です。もしくは、異常です。としか書いていないのです。受け取った側としては、何がどう異常なのか判断しようがありません。

検診を推奨する一方で、政府はかかりつけ医を作れとも言っています。これはどういう事でしょうか?つまり、本来はかかりつけ医できちんと経過を見ながら健康管理をした方がいいけれど、ちゃんと病院にかからない国民が多いから、せめて検診を受けて医療費を削減してくれ!という事ではないのでしょうか?

昔は、何かあったら村の診療所の先生に診てもらうというのが当たり前でした。医療が細分化していない時代は、内科でも小児科でも眼科でも皮膚科でも全部村の診療所の先生に診てもらったのです。村の診療所の先生は、その人の家族構成から親の病気、昔の病気、飲んでいる薬、最近の体調やら仕事から友人関係まで全て知っていました。しかし、今の世の中、個人情報は保護され、医療は細分化されているので、一つの病院にかかってすべてを把握してもらうなどという事はできません。内科ならあの医院、整形ならあの医院というように、時代に合わせて細分化してかかりつけ医を作っておけばよいのです。そして、その時限りの検診医に健康診断なんてしてもらうより、かかりつけの医師に必要な検査を必要な時にやってもらう方が、ずっと有用なのです。

検診病院で年に一回、その時限りの検診を受けるなんて、ほとんど役に立ちません。そんな検査に無駄な時間を費やすなら、きちんとかかりつけ医を作って、貴女に合った検査を適切な時期に行ってもらった方がどれだけ役に立つことか。そして、異常が出た時には、かかりつけ医に適切な病院に紹介をしてもらって、きちんと詳しい検査をしたり治療をしたりという事で医療というのは完結するのです。

ですから、私は、経過観察をしている病院や継続して処方を受けている病院があれば、その病院に相談をすることをお勧めしています。決して、めんどくさいから追い払っているというわけではありません。最終的に貴女のためになるのは、いつも経過を見てくれているかかりつけの医師に相談することなのですから。

貴女はスティーブンスジョンソン症候群(SJS)中毒性表皮壊死症(TEN)を知っていますか?

 SJSやTENは原因は不明ですが、感染症や薬剤による副作用として知られている疾患です。
抗生剤、鎮痛剤、局所麻酔薬などで稀に起こる可能性があります。
症状としては、高熱や全身倦怠、のどの痛みなどとともに、目や唇、尿道、肛門などの粘膜に、さらには気管や食道の粘膜をも侵し、全身に広がる水疱とただれが生じます。
重症化すると、失明をしたり感染症による敗血症で亡くなることもあります。
稀ではありますが、非常に重症な合併症です。

 さて、貴女は薬を処方されるときに、こういった話を聞いたことがあるでしょうか?
近年、司法の判断では、こういった稀な重症な症状について添付文書(薬剤の説明書)に書いてあれば、医師が説明をしなければいけないという傾向にあります。
また、司法の判断が無いにしても、こういった重症な症状が起こるという事を患者さんがわかっていれば、救急病院を受診する機会を失せずに助かる可能性があります。
そういった意味で、当院では、できるだけ添付文書もしくはPMDAの医薬品ガイドを参考にして、副作用について説明しております。

 さて、診療時間というのは限られています。日本の医療は3時間3分医療などと揶揄されて長い間が経っていますが、改善される傾向はありません。なぜなら、医学が進歩するにつれ、疾患に対し、検査に対し、薬剤に対し、副作用や合併症に対し、説明をすることが増えてきたからです。とても3分以内に話すことはできません。例えば、当院ではピルを処方する際、副作用、乳がん自己検診の方法、ピル検診の手順、服用者向け情報提供資料などを丁寧にお話しするので20分から30分かかります。その間、他の患者さんにはお待ちいただいているわけです。

 そのような医療をおこなっているのに、よもやま話をしたり世間話をしたりして時間を費やせるでしょうか?答えは否です。そのような無駄話をしているうちに、一つでも副作用や合併症の話をしておかなければ、何か起こった時に貴女が対処できないのです。貴女が自分自身で対処できなければ、場合によってそれは死を意味します。

 ですから、私は、事実をできるだけ詳細に真摯につたえているのです。ニヤニヤ笑ってよもやま話をする時間はありません。よもやま話ならテレビのバラエティー番組で見てください。おそらく、私よりもずっと訓練したプロが、とても面白いよもやま話をしてくれるはずです。そして、優しい言葉をかけてもらいたいなら、家族や友人にお願いしてください。私はクリニックの外来で数か月に一度、数分顔を合わせるだけの人間です。そんな人間に癒しを求めても意味はありません。もし、医学的に癒しをもとめるのであれば、それは精神科の医師の役目です。一般的な癒しを求めたいなら、家族や友人がいるでしょう。

 医師から聞く言葉はおべんちゃらや、よもやま話ではなくて、医学的に正しい真実を聞くべきです。そして、その真実をもとに、判断をしどのような治療を受けるかを決めるのはあなた次第です。そうした選択をする場合の精神的ささえになってくれるのは、友人であり家族です。医師など、数週間に数分しか会わないのに、貴女の生活や考え方などわかるはずがないのです。

 だから、私は診療中におべんちゃらや、よもやま話をしたりはしません。ただし、医療として間違えたことがあれば、厳しく追及します。

 それに不快感を感じたり、いやな思いをしたり、考えたこととは違ったりしたのなら、正直な話、おべんちゃらやよもやま話で話を濁してくれる病院など近隣に沢山あります。そういった病院で、楽しく受診をしていただければ問題ありません。

 私の気概としては、今までの医師の気分に左右されがちな気ままでアナログな医療から、どの医師がどう判断しても間違いのない治療へ導くデジタルで合目的的な医療へと、今の開業医の医療を変えていきたいと考えています。

 現在の医療は、まだまだ、あまりにも医師の裁量を重視しすぎて、様々な医学的判断をうやむやにして誤った診断や治療に甘んじていると思っております。
そして、それを脱するためには、薬剤の副作用から、考えられる診断、そこから導き出される治療と様々な選択肢を抽出して、十分納得していただいたうえで最終的な治療の選択を行ていただくという事が必要です。

 ですから、私にはおべんちゃらやよもやま話をしている暇はありません。医師に求めるものがそういった事では、正直な話、低級な医療しか受けられません。医療を受けるからには、専門家を信じて、治療にむかって真剣に頑張っていくことを求められるのです。

 そういったわけで、私は、無駄口をたたかないで、必要なことを必要なだけ話すように努めているのです。医療は決してスマイル0円ではありません。スマイルは、最後に病気を克服した時に得られる、Price less(値段のつけられない価値)なものなのです。

院長室の窓から

 20坪あまりの狭いわが診療所の、これまた狭い院長室の窓から冬の空を眺めつつ患者さんを待つ。周りをコンクリートで囲われた窮屈な部屋の中から、窓の外を眺めると、すすけた街路樹、国道をせわしなく流れていく自動車、目の前に立ちふさがるように並ぶマンション、建物に小さく切り取られた空などが目に入る。「智恵子は東京に空が無い」と言ってからずいぶんと経つけれど、やっぱり都会には空は無い。窓から見える小さく切り取られた空は、灰色の電線や、けばけばしい色の看板、まぶしい光を放つ信号機、無表情に立ち並ぶ電柱などでとっちらかっていて、まるで、院長室の机の上のようだ。いろんなものの隙間からようやくのぞいている空にしても、くすんでいて、灰色だか青色だかもわからないくらいだ。

 私は田舎者だから、空は広くて高くて青いものだと思っている。小学校の頃に見た空は、確かに、宇宙の漆黒が透けて見えるほどの高くて青い空だった。そして、かつて見た空には表情があった。冬の、今にも雪が降り出しそうな、凍えた重ったるい雲をいっぱいにはらんだ悲しそうな空や、春の、春霞のコロイドをいっぱい含んで、太陽の光をぼんやりと反射している眠たそうな空や、夏の、もくもくと空いっぱいに大きく広がる入道雲を携えた、湿気を含んだ大きくて元気な空や、秋の、ずっとずっと高いところにすじ雲をいっぱいに流した、どこまでも透明でツンとすました空。朝の空は、澄んだ空気を満タンにして、朝日を待ち焦がれながら紫色に光っていたし、夕方の空は、ちょっと疲れてむくんだ空気の向こうに、けだるげなオレンジ色の光を放っていた。いつもいつも空を見れば、空には表情があったものだ。

 しかし、都会の空は違う。いつもふくれっつらをして、晴れていても、なんだか機嫌が悪そうにもやもやとしている。朝焼けだって、夕焼けだって、いつも、建物や電線、電柱、看板、信号機なんかに邪魔されて、必ずどこかが切り取られている。あんな姿の空を見るのはなんだか気の毒でさえある。夜だって、都会の夜空は真っ暗だ。いつ見上げても、数えるほどしか星はない。田舎で見た、あの、キラキラとうるさいほど光っていた星は、どこへ隠れてしまったのか知らん?

 でも、都会だって別の表情がある。街を歩けば、ピカピカ光るガラスを身にまとった高層ビルが立ち並び、整然と街路樹の並んだ町並みがあり、その中をきらびやかに着飾った人たちが胸を張って闊歩している。店に入れば、色とりどりのいろいろな物が無数に満ち溢れ、目もくらむばかりである。夜になれば、星の代わりにネオンや蛍光灯が光り輝き夜空を七色に染めている。都会の空は、そんな物たちのただの背景に過ぎないのかもしれない。

 ふと気がつくと、日が暮れていた。寒くなってきたのだろう。窓についた露が無数に水滴を作っている。国道を走る車のテールランプが水滴に反射して、まるで、ルビーの宝石箱を覗いているようだ。それにしても、こんな物思いにふけっている時間があるというのは、ウチの診療所大丈夫なのかな?と、現実に引き戻される。

健康診断の落とし穴

  • 健康診断は、何も症状がない健康な方が受診することを前提としています。したがって、今ある病気を詳しく検査するわけではありません。
  • 検診病院では、検診を持ち回りでやっていることがほとんどです。場合によってアルバイトで他の病院から来た医師がやっていることもあります。そのため、前に行った検診との連続性もありませんし、その時その時の医師の能力で診断も変わってきます。
  • 検診病院の結果は、実に大雑把な結果で返ってきます。したがって、医療的にどのような状態だったのかを把握することはできません。そのため、病気があるということだけの情報で、病気がどのような状態で、どのような治療が必要なのかは全く把握できません。
  • 検診病院で勧められても腫瘍マーカー検査は受けないでください。腫瘍マーカーは画像診断などで明らかに腫瘤がある場合に、その腫瘤がなんであるかを鑑別するための検査です。むやみにマーカーを調べて特定の癌の死亡率が減ったという報告はありません。腫瘍マーカーを勧めるのは、それらしいことを簡単にできて、その結果に責任をおわない検診病院だからできる金儲けの手段です。万が一、検診で受けた腫瘍マーカーの異常が出れば、たとえ健康体であっても、一生、そのことに付きまとわれることは覚悟してください。
  • 特に、異常を指摘されたことがある方は、検診で経過観察はしないでください。検診では、前回の結果などと比較することが難しいうえ、異常が起こった際の精査ができません。異常があると言われた場合には、きちんと、専門の医師にかかって相談するべきですし、その後も同じ医師のもとで経過観察をする必要あります。せっかく検診を受けても、検診ではその場限りの結果になってしまうので、今までの経過や所見がわからなくなり、治療の継続が難しくなることがあります。かかりつけがあるのなら、そのかかりつけで癌検診も含めた病気の検査をするべきです。
  • 検診はきちんと使い分けましょう。何も症状がない方は、検診で異常があるかどうかを見つけるという事です。症状や異常を指摘された方はその問題についての詳しい検査が必要ですから、検診では不十分です。自ら治療の意志をもって専門科にかかる必要があります。何でもかんでも検診などで経過を見ていると、ある時突然ひどい異常を指摘されて、大変な事になってしまうかしれません。
  • 検診は検査ではありません。症状がある方は、検診ではなくて検査を婦人科で受けてください。

健康診断だけでは貴女の健康は守れません!

近年は人生百年時代といわれ、健康寿命に人々が関心を持ち、空前の健康ブームとなっています。マスコミもそれを受けて健康番組を次から次へと放送しています。また厚労省の指導によりメタボリックシンドロームに対する特定健康診査や特定健康指導なども取り入れられ、健康診断を受けている方が非常に多くなりました。

健康診断は健康な人生を送るために、とても有意義なことだと思われていますが、そこには隠れた問題があるという事を忘れてはいけません。毎年きちんと健康診断を受けることが、どうして問題なのでしょうか?

最近になって当院を受診される方で「健康診断で病院にかかるように言われたけれど、毎年検診を受けているので、大丈夫だと思った。」と言って、子宮筋腫によるひどい貧血や、子宮内膜症によるひどい卵巣嚢腫などを抱えて来院する患者さんが増えてきました。

何が問題なのでしょうか?健康診断というのは、もともと疾患のない人を対象にした検査であり、異常があれば、きちんと専門科にかかるというのが前提になっています。そのため、検診で異常があっても、それ以上の詳しい検査は専門科にかかって行わなくてはいけないのです。しかし、異常があるとわかっているのに、専門家にかからず検診だけで経過を見ていれば、その異常の詳細はわかりません。もし、その異常が癌だとしたら大変なことになります。癌ではないとしても、例えば、子宮筋腫であれば過多月経がどんどんひどくなり簡単な貧血の治療では追い付かなくなって、手術が必要になるかもしれません。また、卵巣嚢腫などでは、これから癌になるかもしれない細胞が潜んでいたり、どんどん大きくなって捻じれたり破裂したりして腹部激痛で救急病院にかかる事になるかもしれないのです。

しかも、健康診断では結果を詳しく医師から説明してもらうことはまれです。簡単な検査結果が郵送されてくるだけのことがほとんどです。これは、あくまでも異常があれば専門科にかかって詳細について検査をするという事が前提になっているからです。

そのうえ、検診では多くの場合、アルバイトの医師がその時だけ検査をしていることが多いのです。したがって、正確な診断ができるわけではありません。継続的に同じ病院で検診を受けていても、別の医師が診ていることが多く、前回の状態と比べることは難しいのです。

病気の中には、今の時点での所見だけではなく、数か月後の経過を診ないとはっきりと診断できないことも少なくありません。ですから、同じ医師にきちんと継続して診てもらうという事が非常に大切になるのです。

こういった問題があるにもかかわらず、健康診断を年一回受けるだけで安心している方が少なくありません。ひどくなって、手術が必要だとか、場合によっては癌の可能性があるとか、そうなってからでは治療は後手後手になって良好な治療結果が得られないこともあるのです。ましてや、癌ともなれば命にもかかわる危険性もあるのです。

ですから、私のお願いは、検診で異常があると言われたら、必ず専門科にかかってくださいという事です。検診は異常があるかどうかを調べるだけのものです。検診で異常があったら、きちんとその異常が経過を見ているだけでよいのか、すぐに治療をする必要があるのかを、早急に専門の病院で検査する必要があります。検診の結果が、簡単な書類で送られてくるからといって、その指示を無視しないでください。検診の結果を受けて、必要なら専門の科を受診することが無ければ検診を受けている意味はないのです。

さらに問題なのは、以前、専門科にかかって経過を見ていたのに、面倒だからと言って検診でお茶を濁すようなことは、決してしないでいただきたいという事です。検診では、貴女の今までの異常など考慮せずに、ただ単に今の状態を確認するだけです。決して、貴女の疾患を詳しく診てくれるわけではないのです。

現在社会は、実に物事が簡単になってきました。物を買うのも人と話すのも保険に加入するのも税金を払うのも就職先に履歴書を出すのも、コンピューターのクリックだけで簡単に済む世の中です。しかし、貴女の健康の維持については、そう簡単にはいきません。実際に検査を受けに行って、面倒くさい説明を聞いて、再診の日を決めたり、紹介された病院にかかったり、本当に大変なことです。でも、こういったちょっとした苦労の積み重ねが、結局は寝たきりにならない健康寿命を延ばしてくれるのです。いくら長生きしたって、ベッドに寝たきりの余生では、友達と旅行に行ったり孫と遊園地に行ったりする楽しみも無くなってしてしまうではないですか。それが人生百年と言われる現在の日本人に課せられた大切な心掛けなのです。

健康診断は専門科での診察とは同じではありません!

医師が患者さんに寄り添うというのは本当か?

いつの頃からでしょうか?やたらに「寄り添う」と言う言葉を見かけるようになりました。病院のHPで「患者様に寄り添った医療」であるとか、医薬品の宣伝で「患者様に寄り添った医薬品」であるとか、医療関係以外でも化粧品や衛生用品、医薬部外品、家電製品までありとあらゆる物に「お客様に寄り添った」と言う言葉を使いたがります。

私は、これはマスコミの流行の一部に過ぎないと思っています。某健康ドリンクの「ファイトーいっぱぁつ」と言うセリフ程度のものです。コピーライターがさもそれらしい言葉で人々を誘っているに過ぎません。

人に寄り添うということはどういうことでしょうか?10年くらい前にアメリカの医学論文で、「小児病棟に入院した患者は白人系よりもラテンアメリカ系の患者のほうが回復が早い」と言うものがありました。内容としては、白人は医療関係者に診療を託して子供の近くに居ることが少ないが、ラテンアメリカ系の人は、家族総出でやって来てできる限り子供に声をかけたり世話をしようとする。この事が、患者の回復を促している可能性がある。というものでした。私はこの論文を見た時に、我が意を得たり!と思いました。医師や看護師がいくら丁寧に医療をしようが近くにいようが、家族や友人がそばにいることにかなうことはないのです。寄り添うとはそういうことです。本当に患者さんが信頼して心の頼りとしている家族や友人でなければ寄り添うことなどできないのです。

考えてみて下さい。もし、貴女が病気で亡くなったとしても、医療関係者はその時は神妙な顔をしてお悔やみの言葉を申し上げるでしょうが、その次の瞬間には、次の患者さんに意識を注がなくてはいけないのです。そして、貴女が亡くなっても彼らの家族や友人がおり、また、いつもの生活を続けるわけです。ところが、貴女の家族や友人は、貴女を失ったことを一生心の中に留めて生きていくわけです。医療者は本当に患者さんに寄り添っていると言えるのでしょうか?私からすれば、答えは否です。こんなもの寄り添うとは言えません。

もし、私が病気になって患者になったとして、医療者が「あなたに寄り添った治療をします」などと言ったら許しません。じゃぁ、お前は他の患者のところに行かないでずっと俺の横についていられるのか!俺が死んだら、一生俺のことを弔って生きてけるのか!と問いただしてしまいます。ずいぶんアマノジャクですね。でも、医療者は他人です。家族でも友人でもありません。ですから、寄り添うなんてことより、医療のプロフェッショナルとして、私の病気にベストな治療をしていただきたい。これが望みなのです。

例えば、なにか犯罪に会って弁護士に相談に行ったら「あなたに寄り添ってがんばります。」などと言われても少しも嬉しくないではないですか。それよりも、裁判官や裁判員を納得させて、被告に十分罪を償わせます。と、約束してもらったほうが頼もしいではないでしょうか。

「患者に寄り添う」などという言葉は、もう、これ以上治療のしようが無いという時の最後の手段です。それまでは、必死になって治療の方法を探し求めて、なんとしても諦めずに治療をするというのが医師の使命なのです。医師が「あなたに寄り添って治療をします」などと、共感と同意などという心理学的手法を用い始めたら、それは「治療法がないので諦めて下さい。」ということです。ですから、ヤブ医者ほど「患者に寄り添った医療」などと簡単に言ってしまうのです。

マスコミは「患者に寄り添った医療」が大好きなようです。以前、マスコミが東大の医学生にアンケート調査を行ったところ「患者に寄り添った医療」と言うより「きちんと正しい診断と治療」が優先だと答えた医師が多かった。これは由々しき問題だなどと社説でのたまわっておりました。でも、正しい診断と治療ができない医師が、何をできるのでしょうか?寄り添うより、先にやることがあるだろう!と、私は憤慨していたのです。

ですから、私のクリニックのホームページには「当院ではマスコミで称賛するようなサービスはしておりません」というような過激な文章まで掲示しております。マスコミなどというものは、自分たちが売れそうな都合の良い記事を半ばでっち上げて世間に広める団体です。もちろん、時にはその事が政治を改善して世の中を改めたり、制度を改善して人々の生活を良くしたりすることがあります。しかし、一方で偏った意見を尊重し、本当に必要なことを見失わせたりするのです。例えば、戦時中は政府の圧力により戦争を鼓舞するような記事しか書きませんでした。もちろん、政府によって抑圧されていたのですから、自由にはならなかったのでしょう。しかし、戦争が終わってから、そういったウソを書いた事を真摯に反省したマスコミが居たでしょうか?政府の圧力のせいだからしょうがなかったんじゃネ?くらいの事しか考えてない。いまでも、ヤラセや捏造があるにもかかわらず、記事は大きく訂正は小さくしか出しません。これが、マスコミの正体です。ただ、それはマスコミの先天的な問題であり、今更改善できることではないのです。ですから、今、それを受け取る我々がそういった事を理解し、真実をその中から選び取らなければいけないのです。

かの悪名高きナチスドイツも、マスコミを操作することによって、ドイツを支配したと言われています。あのような、経済的、政治的混乱の中でも、ナチスは危険だということをわかっていた賢者はたくさんいました。しかし、それよりも多くの国民がマスコミを信じてナチス党やヒトラーをあそこまで強権的な集団にしてしまったのです。

現在では、インターネットが発達し、従来のマスコミの何百倍何千倍の情報を手に入れることができます。しかし、あまりにも選択肢が多すぎて、かえって選択できない事態が起きているとも言えます。そのためには、一人一人が十分に考え選択して、最終的に自分の意見として考えをまとめるべきなのです。そのためには、多くの情報を入手し、自分なりに分類していくことが必要です。それをできない人たちは、つまらない端的な協議を唱える危険なカルト集団に傾倒してしまうことになったり、そこまで行かなくても、中立性を保っているようなふりをしながら、ある一つの思想を刷り込もうと企んでいるマスコミなどに傾倒してしまうことになるのです。

話を最初に戻します。当院では、マスコミで称賛されるような「患者さんに寄り添う」などという医療はしていません。なぜなら、当院に通ってこられる患者さんのほとんどは、既に治療の施しようがないなどということは無いからです。で、あれば、寄り添うことよりも前に、的確に診断し治療をすることが一番必要なことなのです。貴女に寄り添ってくれるのは、家族や友人であり、貴方に何が起こっても、明日からいつもどおりの生活をできる我々医療者がやることではないのです。そして、その医療は、今がよく見えるだけではいけません。将来に渡って、一生貴女が健康的に生活を送れるように考えた医療でなければいけないのです。ましてや、当院の儲けを考えて、今だけ通ってもらうための医療なんてクソくらえなのです。ですから、当院では「患者さんに寄り添った医療」などというマスコミで称賛されるような医療は行っておりませんし、なんだか優しくていい感じの話など一切行わないということなのです。

私は、病院は刑務所と同じだと思っています。治療が終わって病気が治ったら「二度とここに来ては行けないよ。」と言って送り出すべきだと思います。病院なんて、健康的な人生を送っている方には必要のないものなのですから。

自分のことは自分で守らなきゃ

ときどき、外来に欧米の方がいらっしゃいます。(もちろん、日本語が堪能な。)
それで、やはり、あちらはインフォームドコンセントの国であるなぁと、感じさせられるのです。
つまり、とにかく自分が納得しないと先に進まない。分からないことがあったら徹底的に質問します。その内容は、別に専門的でないことも多い。自分の経験上そうでない方が、良いんだけど。というようなことも結構多いのです。
そして、質問する替わりにこちらの話も、プロの意見として非常によく聞いてくれますし、理解できれば尊重もしてくれます。
この辺が、外国人の方と話していると、大変だけど、うれしいところです。
結構そういう方も、日本人でいらっしゃるけれど、まだまだ少ない状況です。
意見の多い人は、結局自分の意見を言うだけで、こちらの言うことを聞かないような事も少なくありません。

そこで、インフォームドコンセントの基本にあるものはなにかと考えますと、やはり、自分がどうしたいのかという確固たる意見だと思うのです。
私は、薬は飲みたくないとか、副作用が少なければ薬は飲んでもいいとか、手術が必要なら手術をすぐに受けたいとか、他の方法があるのなら、それから始めたいとか。
ひいては、私は、がんと宣告されたら、できる限りの治療を受けたいとか、成功の確率が、6割以上であると保証された治療しか受けたくないとか、確固たる自分の意見があるからこそ、説明を受けて、自分の納得できる方法を選択して、必要な治療を受けることができるのだと思います。
しかし、その確固たる治療への考えというのは、元はといえば、自分の生き方への確固たる哲学でしょう。
つまり、自分の存在スタイルが決まっていなければ、病という、自分の存在を脅かす外敵に対して、どのように対処するかという方法は決めようが無いでしょう。

そんな小難しいことは考えなくても、もう少し、自分がどうしたいかを考えた方がいいのではないでしょうか。
例えば、子宮筋腫で貧血がある患者さんが来られて、手術の治療、点鼻薬(鼻の中に噴霧する薬)の治療、注射の治療、そして経過観察と貧血の治療の、四つの方法をお話します。
手術の話をすると、「ええ、手術ですかぁ、なんとかならないんですか?お腹切りたくないんですよねぇ、痛いでしょう?」点鼻薬の話をすると、「私、鼻炎あるから使えるかしら、しかも毎日でしょう?できるかしらぁ?」注射の話をすると、「私、注射嫌いなんです。」じゃぁ、少し様子を見て貧血の治療だけでもしましょうか?と言うと、「でも、筋腫は治らないんでしょ?」一体、誰の治療の話をしているんでしょう?

結局、その日は自分で決められずにとりあえずお帰りになって、後日いらっしゃるなり、「家族や友達から、それなら早く切るべきだって言われたんです。
家族も、夏休みなら大丈夫だから、手術の予約を入れて来いって・・・。」で、あなたはどうなんですか?「周りが皆その方がいいって言うし、夏休みなら休みが取れるし、手術しようと思うんですけど・・・。」

あなたは誰の病気を治したいの?家族の病気を治してあげるつもりなの?
家族のことを考えて、自分で決めたというように考えれば良いのでしょうが、それにしても自分の手術を家族や友達に決めてもらうとは・・・。
外来をやっているとそんな話はよくあるんです。これが、インフォームドコンセントといえるのかどうか?

そして、これは絶対に忘れてはならないのは、あなた自身を守れるのは、あなた自身であるということです。
あなたの家族は、最も協力的で不可欠なパートナーですし、信頼できる主治医は、治療への水先案内人です。
でも、実際に治療を受けるのはあなた自身で、誰も替わることができないのです。
最後の最後には、あなた自身が、いろいろな情報から自分に一番適切と思える治療を選択しなくてはならないのです。

よかよか医者にご注意!!

大抵の日常の病気はよかよか医者だろうが、葛根湯医者だろうが、誰でも治せるのです。
というか、治ってしまうのです。
ただ、ほんの一握りの重症な病気になった場合に、よかよか医者にかかっていると、大変な事になってしまいます。

それでは、普通のときは別に何も弊害は無いじゃないかって?いえいえ、そう言う医者にかかったらいらない薬でも、いらない検査でも何でもかんでも出来る事はすべてやられてしまいます。まぁ、それの方が病院に行った気がして安心感があるというのなら別ですが・・

そして、よかよか医者はただ、自分の都合の良いようによかよかいっているだけですからもし、万が一自分の手におえないような病気でも、平気で引き伸ばせるところまで引き伸ばして自分の病院に通わせようとします。
うっかりすれば、無用な処置をして、それから他院へ送るような事も平気でしますし、もっと能力が無ければ、そういうことをしているという事すら自分で気がついていません。(診断がつかない。)
結局、患者離れの悪い医者(手に負えないと思っても他科や、他院に紹介しない医者)は、よかよかであるといえましょう。

いづれにせよ、よかよか医者にかかっていれば、お金をかけるか、自分の命を賭けることになるのは必至です。

よかよか医者にご注意!!

よかよか医者の見分け方。

よかよか医者には以下のような特徴があります。

  • あなたが、要求すると、とにかく何もいわず、投薬や、検査を行う。
  • 投薬や、検査について、説明しないか、もしくは、副作用や、合併症を言わない。
  • あなたの訴えに対して、きちんとした説明を行わない。診察所見の評価なども言わない。
  • 治療方針について詳しく説明しない。いくつか考えられる治療があっても自分のやりたい治療の事しか説明しない。
  • 治療法についても、副作用や、合併症についての説明が無い。
  • 分からない事を分からないと認めない。
  • 分からない事があっても調べてくれようとしない。

医者だけでなく、どんな人に接するときもそうですが、都合の良い事ばかり言う人はいんちきだって事です。
医学には、わからないことがたくさんあるし、薬には、副作用が、治療には合併症が必ずあるのです。
それを隠しておこうとするとは、人を馬鹿にしているとしか考えられないでしょう。
医者も万能ではないのですから、必ず分からない事もあるはずです。

本当に、あなたの事を考えてくれる医者なら、分からない事は分からない事として、調べるなり、わかる先生に紹介してくれるなりしてくれるのが当然だと思いませんか?

本当にあなたの事を考えてくれる先生なら、薬の副作用や、治療の合併症について、話してくれると思いませんか?

あなたが、治療に不適切な事をしているならば、きちんと指摘してくれると思いませんか?
やさしいだけの先生は、結局自分の人気だけを考えているのだという事をお忘れなく。
例えば、誘拐殺人犯だって、皆あんな良い人がねぇと、言われる時代なのです。やさしい事を言って、人をだますのは簡単な事なのですよ。もっとしっかり目を見開いて、本当にあなたの事を考えてくれる主治医を見つけて下さい。

信言不美、美言不信

(真実の言葉は飾り気が無い。飾り立てた言葉は真実の言葉ではない。)

老子 第八十一章

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